キリシマ屋

今のところ日記

信条について

小・中学生の頃に公民だかなんだかの授業で目にしたのが初めではないだろうか。本をよく読む子供だった割には、『信条』が何であるかをいまいちつかみきれなかった事を覚えている。

 

生きていく中で、信条を意識している人類はどれほどいるのだろうか。おそらく、国やもっと小さなコミュニティレベルでだいぶ差があるのだろうが、少なくとも僕の身の回りには『信条』を謳う人間はいなかった。

 

そもそも信条は他者にひけらかす性質のものではない。僕自身は、この歳になってやっと「もしかして信条ってやつが、生きていく上ではかなり重要な概念なのではないか」と気づき始めたのだが、この先誰かにその内容を言いふらす予定は今のところ、無い。

 

長く暗黒期にいた。そのことを、徐々に認め始めている。「こんちくしょうめ!!!」という気持ちは抱けども、それらを活かす方面には努力してこなかったのだ。

 

ようやっと、暗黒期を「受容」し始めているのかもしれない。特に、暗黒期の序盤を。あの時周りにいた大人は、一部(特に両親)は手を差し伸べてくれていたが僕は気づけず、ほかは大事なことを教えずに、ただただ僕たちを痛めつけていた。昨年ごろから旧友と長く話す機会がちょくちょくあり、彼女と話しているとあの頃の嫌だったことをたくさん口にだしてしまっていることに気づいた。それまで自覚はなかったのだが、どうやらあの3年間”も”、僕にとっての暗黒期だったのだ。

 

何をどうやってそう気づけたかというと、おそらくは、「もしかして、相手が100悪い?!」と思える出来事があったからで、もちろんそんなことには出会いたくなかったのだが、「とすると、あの3年間もあるいは・・・」となった次第だ。

 

僕が悪いのだと思っていた。僕が悪いのだと信じ込まされていた。あぁ、悪い大人に囲まれていたのだ。誓って言うが両親をはじめとする一部の大人は悪くない。何だったら母親も、あの3年間の被害者だし、僕は母にとっての加害者だった。当時はわかっていなかったが、親元を離れてからいろいろ聞かされる中で、ずいぶん傷つけていたことを知った。

 

あの頃の、「自分が悪いんだ」という強い思い込みがあったから、その後の7年間のガチ暗黒期があり、今もなお回復期にたたずんでいるのかもしれない。

 

「自分は恵まれているほうだ」という認識は、ある一面では間違っていないだろうし、ある一面では間違っていたのだろう。